住職のことば

僕はよろみ村で生まれ育ちました。

小さい頃はひたすら野山を走り回っていた記憶があります。高校を卒業してから家を出て暮らしていましたが、31歳の時によろみ村に帰ってきました。「山で暮らしたい」という思いが強くなったからです。
生活のほとんどは百姓のような暮らしですが、豊かな自然に恵まれていることに心地よさを感じています。

よろみ村では40年ほど前からお米作りをしています。
僕もよろみ村に帰った年から一緒に作っています。初めて一つの田んぼを任されて、まず驚かさられたことは、田んぼの雑草たちの勢いの凄さでした。田んぼは稲だけの生える所ではない、という当たり前のことを身をもって教わったような気がします。今は種まきから収穫まで携われることに喜びを感じています。
お米は販売もしています。奥能登の恵みを味わっていただけましたら幸いに思います。

そして令和6年元旦の能登半島地震には本当に驚きました。
幸いなことに、与呂見地区は地盤が強かったようで壊滅的な被害は免れました。しかし大きな爪痕が残ったことは間違いなく、たくさんの試練があり、そのたびに多くの方に支えていただきました。起きてしまったことは変えられないけれど、学ばせてもらったことも多いです。震災にあったことで、今までよろみ村に訪れた方たちの想いも受け取ったような気もします。

これからも龍昌寺の住職として、よろみ村の住人として、いい所だなぁと思えるような、思ってもらえるような暮らしをしていきたいと思っています。

龍昌寺住職 村田 遼雲