住職のことば

僕はよろみ村で四人兄弟の長男として生まれ育ちました。
龍昌寺の息子として生まれましたが檀家もないため、お米の販売や父が木工、母が藍染をしながら生計を立てていました。
今から思えば決して裕福ではなかったですが、よろみ村の幼なじみたちとひたすらに山を走り回っていたのが僕の原風景としてずっと残っています。
高校を卒業してから家を出て東京で暮らしていましたが、31歳の時によろみ村に帰ってきました。それは少年時代のわくわくした思い出が「山で暮らしたい」という思いを強くしたからだと思います。そして自分の食べるものを作ってみたいと思うようになったことも大きな理由の一つです。

よろみ村では40年ほど前からお米づくりをしています。
僕もよろみ村に帰った年から一緒に作っています。初めて一つの田んぼを任されて、まず驚かされたことは、田んぼの雑草たちの勢いの凄さでした。田んぼは稲だけの生える所ではない、という当たり前のことを身をもって教わったような気がします。今は種まきから収穫まで携われることに喜びを感じています。

そして令和6年元旦の能登半島地震には本当に驚きました。
幸いなことに、与呂見地区は地盤が強かったようで壊滅的な被害は免れました。しかし大きな爪痕が残ったことは間違いなく、たくさんの試練があり、そのたびに多くの方に支えていただきました。起きてしまったことは変えられないけれど、学ばせてもらったことも多いです。そして本当に多くの方に色々な形でご支援をいただきました。改めましてありがとうございました。
これからも龍昌寺の住職として、よろみ村の住人として、いい所だなぁと思えるような、思ってもらえるような暮らしをしていきたいと思っています。

龍昌寺住職 村田 遼雲むらた りょううん